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海辺にたたずむ男性

2022年7月6日 16時。
台風4号は勢力を弱めたものの、今夜出発のサンライズ出雲・瀬戸の通り道に依然と居座っていた。
大雨、踏切点検、人身事故により、東海から近畿の一部区間で列車に遅延が出ているという情報を、乗換案内アプリで確認した。
「これって、もしかしたら運休になってしまう?」
私はテンパりながら、電車マニアのぞう氏とholidayパル氏に相談した。
「最悪の場合、運休になるか、走行したとしても途中で引き返すことになるでしょうね。今日乗る列車は今東京駅の車庫にあるので、列車自体が始発に間に合わないという心配はないですが」
パル氏の返事に、まじか…と思いながらも、私は最寄り駅で駅員さんに状況を確認してから判断することにした。
駅員さんは、タブレットと数分間睨めっこしてから、「サンライズが運休になるというのはどこの情報ですか?運休になるという情報は今のところありませんね」といぶかし気に答えたので、逆に面食らった。
これは東京に着くまで状況は分からないのか?サンライズが通る頃には解決されている前提なのか?と希望が生まれてきたので、東京駅まで向かうことにした。
上り電車のガラガラのグリーン車に乗り込むと、いよいよだとワクワクしてきた。
東京駅に着いても、特にサンライズの運休を伝えるアナウンスはされていなかったので、時間までに食料を調達して待つことにした。
(500mlのいろはす3本、ほうじ茶、崎陽軒の横濱チャーハン、チーズドッグ、ガルボ、事前に用意しておいた非常食のカロリーメイト)

時間が近づいてホームに立つと、サンライズを待つ同士らしき人達が集まっていた。
彼らはリュックを背負っているかスーツケースを持っているので一目瞭然だ。
発車標の「サンライズ出雲」の表示を熱心に撮影する人、親子連れ、一人旅の人、外国人、等々。
ホームでの様子は、ギコっぽいぽいでも配信していた。
入線してくるサンライズをバッチリカメラに収めようと待ち構えていたが、逆方向から来るという凡ミスを犯してしまった。

気を取り直してサンライズ出雲に乗り込むと、綺麗すぎて感動した。
落ち着いた照明の色。木造の壁に覆われた空間に、高級感を感じた。
なんだこの特別感は!高揚感は!
車内の様子は、鉄道系ユーチューバーの動画で何度も見ているので、コレコレコレ!見たことある!という感じだった。
予約した個室は、B級寝台のシングルというもので、個室の中では最もスタンダードなクラスのようだ。
とてものびのびとした空間に感じられた。

サンライズのシャワー室を利用するには専用のシャワー券が必要で、車内の販売機で売られている。
シャワー券は数に限りがあり、その争奪戦を勝ち抜く自信がなかったのであらかじめ家を出る前に風呂は済ませて来たのだった。
あとの心配は、夕食をいつ食べるかと、いつ寝るか、ということだけだった。
配信を終えてから、夕食を食べることにした。
東京の夜景を望みながら食べる崎陽軒の横濱チャーハン。
食べ終えたところで、備え付けの浴衣に着替えた。


沈黙と暗闇の世界。最 高。

ただ、ガタンゴトンの音だけが響く世界。

そうあるべきだ…。



最高であるべき時間なのだが、お隣の部屋で女子会のテンションが繰り広げられていた。はっきり言ってうるさかった。
(B級寝台に関しては、ドア越しでも通路を挟んでいても普通の声量でさえ話し声は聞こえてしまうので、おしゃべりする場合は声量を控えめにした方が無難と思われる。)
この時、私は悟った。
鉄道の旅は、孤独を愛する者がするものであると。
旅のロマンを尊重できる者がするものであると。

夜遅くになると、さすがに女子会は終了した。
ここからが本番である。

地名に詳しくもなく、鉄道の旅をしたこともない私は、どの地域がどういう景色かを知らず、暗闇の中でそれを把握することもできない。
しかし、

熱海辺りだったか、山の上の家々の光が綺麗だった。
神戸辺りで、鉄人28号のモニュメントが見えた。

翌朝、6時前後くらい。
どの辺りだったか分からないが(兵庫県上群町)、山に囲まれていた。
山も、水田も、民家も、霧に包まれていた。
次第に霧の奥から朝日が差してきて、どことなく神々しかった。
お出迎えされているような気持ちになった。

6時半頃、岡山駅に着くと、続々と乗客がホームに降りて行った。
この先、行き先の分かれる出雲号と瀬戸号を切り離す作業があり、それを見物する為だ。
私が連結部分に到着した頃には既に人だかりが出来上がっていたが、少し遠目に切り離しの瞬間を撮影することができた。
切り離した後は、間違えて瀬戸号に乗り組まぬよう注意した。

その後、異音の為、しばらく停車した。
15分遅れになっていた。



2022年7月7日 9時
出雲市駅が近付いてくると、私はサンライズを降りがたい気持ちになった。
シングルの個室があまりにも快適で、このままもっと遠くまで旅をしたいと思ってしまったのだ。

出雲市駅には、10時15分くらいに着いた。
駅を出てすぐさまバスに乗り、出雲大社へ向かった。
正門前でバスを降り、まだ11時台だったが早めにお昼を食べることにした。
【本格手打蕎麦 出雲 砂屋】
あらかじめ調べておいたお店の看板がすぐ見えたので直行。
時間が早かったせいもあるのか、並ばずに中へ通してもらえた。
コロナの影響のせいか、「ご注文はスマホ(ネット)からお願いします」とQRコードを渡され、感染者が出たときの為かアンケート用紙に個人情報を書かされるシステムだった。
え、ここまでやるのか…と面食らいつつも、言われた通りにスマホから注文した。
さほど待たずに来た注文の品の、冷月見そば。
唐辛子入りの大根おろしがピリっとして良かった。
店員さんに「めんつゆを三周回しかけてください。めんつゆは濃いめなのでかけすぎないようにご注意を。食べ終わって皿に残ったつゆは蕎麦湯に入れてお召し上がり下さい」と細かくレクチャーされた。
レクチャー通りに残ったつゆを蕎麦湯に入れると、天かすや短くなった麺ととろみのある蕎麦湯が混ざり合ってスープに大変身。
なるほどこういうことか、と納得。
最後の一滴まで美味しく食べてもらおうという精神がナイスだった。

店を出ると、すぐ隣に御朱印帳専門店があり、色とりどりの御朱印帳に心を奪われそうになったが、「御朱印帳はあるからなぁ(家に忘れたけど…)」と思い留まった。
その代わりに、「なんか、勾玉が欲しい!」と中二心が発動し、近くにあったお店でお手頃な勾玉のストラップを購入。
【めのや 出雲大社店】

自分用のお土産を買ったところで、出雲大社に向かった。
松並木の前に、「松の根の保護のため賛同左右をお進み下さい」と看板が立てられていて、真ん中を通ってはいけないらしかった。

メインの拝殿で参拝してから、ぐるっと回ることにした。
あらかじめ地図を見て知っていたことだったが、出雲大社はとにかく敷地が広い。
端から端まで見ていたら、今日の目的地を全部回れないと感じたので、御本殿の周りを一周したら、すぐに次の目的地へ向かうことにした。
しかし、その通り道にある、【亀山会館】の庭園がとても良い感じだったので立ち寄ることにした。
ここは立ち入り禁止かな?と思うくらいにキレイに刈り込まれた芝生の奥の木陰には、小さな滝と、天満宮の祠があった。
このままマイナスイオンを帯びてまったりしたいところだったが、先を急ぐことにした。
その後、石畳の道を進むと、目的地の一つである、隠れパワースポットの【真名井遺跡】に着いた。
ガジュマルのような大きなご神木と命主社の奥にある、塀で覆われただけの真名井遺跡でパワーを頂いて、また次の目的へ向かうことにした。

正門前まで戻り、国道431号線を海に向かって進む。
15分くらい歩くと、【奉納山公園】の入り口が見えてきた。
階段の道が二つと、アスファルトの道が一つの、三叉に道が分かれて山の上へと続いている。
どちらの階段を進むのが正解か分からないまま、適当に一番左の階段を進むと、いきなり八大荒神社が現われて行き止まりになってしまった。
引き返して、正解ルートの真ん中の階段を進むことにした。
アスファルトの道は車専用で、遠回りになることが地図を見るからに分かりきっていたのだ。
階段はひたすら登り調子で、じわじわと私の体力を奪っていった。
於國塔を通り越して更に登ると、目的地である【出雲手斧神社】と展望台、ハクビシンが現われた。
ハクビシンが現われた…!?
ハクビシンは餌を探すことに夢中になっていて、私の存在に気が付いていないようだった。ハクビシンを見るのは初めてだったので、しばらく様子を見ていた。
「こんにちは」と声をかけると、ハクビシンは一瞬動きを止めた後、慌てて退散してしまった。
人間の存在に気付かないなんて、余程お腹が空いていたのかもしれない。

神社で参拝した後、展望台に登った。
展望台の階段は腐食が進んでいて今にも足がスボっと貫通してしまいそうな箇所がいくつかあり、慎重に登った。
展望台は、街、海、山を見渡せる最高の場所だった。

これで目的地は全て周ることができたが、時刻はまだ14時。
時間は余っている。
目の前は海なので、向かってみることにした。

海の目の前は、なぜか工事現場にあるような仮囲いで覆われていた。
看板を読むと、浜辺の一部が消波ブロックの仮置き場になっていて、来年着工予定らしい。
もしかしたら浜辺には下りられないのかなと思ったが、臨時の階段が設置されていて無事下りることができた。

浜辺には、テレビで見たことがあるデッカイ岩があった。
岩のてっぺんには、社と鳥居があり、木が生えていて神秘的だった。
この岩は、【弁天島】と言うらしい。
この浜は【稲佐の浜】といって、毎年旧暦の10月に八百万の神を迎え入れる大事な場所らしい。
展望台で「海に行ってみよう」と思い立たなければ、私はこんなに良い観光スポットを見逃してしまうところだった。
昔は、弁天島は波に覆われていて歩いて参拝することはできなかったが、今は浜が広がって歩いて参拝することができるらしい。
曇り空であったが海は綺麗だった。
少し眺めてから歩いて正門前まで戻り、駅行きのバスに乗った。

駅を南口から出てすぐのところに、【らんぷの宿】という温泉がある。
スーパー銭湯のような外観だが、地下から引いている温泉らしい。
ロッカーは大き目で、私の30Lリュックも少し押し込めば入れることができた。
シャンプー、ボディーソープが完備されていることは事前に確認しておいた。いまどきは置いてあるところの方が多いのかもしれないが、確認せずにミスったときのことを考えると悲しいことになるので、こういった下調べは重要だと思う。
大浴場の他、外に露天風呂とサウナがあった。
私は体を洗い終えたら、誰も入っていない露天風呂に直行した。
一人掛けの木枠の露天風呂が3つあり、お湯の色は茶色で雰囲気があった。
目の前は竹林になっていて小鳥が鳴いている。
ちょっと贅沢な気分になった。
のぼせてしまう手前で上がることにした。
ロビーに戻ると、無料でお茶を提供していたので頂くことにした。
どくだみ茶だったが、なぜかクセがなくて飲みやすかった。
らんぷの宿という名の通り、アンティークっぽいキノコ型のランプが展示されていた。
綺麗だったので許可を撮って撮影させてもらった。

時刻は16時半。
風呂を上がっても時間が余っていたので、少し街を散策することにした。
適当に進んで行くと、レトロな雰囲気のパン屋さんを発見。
まだ夕食を調達していなかったので、丁度良いと思い入店した。
レーズンパンが目に留まったので購入。
店員さんに聞くと、20年くらいやっているお店らしかった。
【ブーランジェ イタガキ】

もう少し奥へ進んで行くと、「ほんまち」と言うこじんまりした商店街にたどり着いた。
今風な古本屋さんを発見し、ちょっとビビリながら入店。
入口にスケートボードが立てかけてあったり、コレクションっぽい絵画のポストカードがバラ売りされていたり、と、お洒落全開だった。
置いてある中古本は、店主の趣味でセレクトされているような雰囲気もあった。中古本だけでなく、新刊も置かれていた。
せっかく旅の途中なのだから小説でもあれば旅のお供になるかな、なんて考えが浮かんだが、どうせ行きの列車でそうだったように車窓の景色に夢中になって本を読むどころではないことをすぐに思い出した。
結局、後で読んでも役に立ちそうな、絵画に関する中古本を購入。
レジの女性店員さん(もしかしたら店主)は、自分とそう歳が変わらなさそうだった。
「今日は遠くからいらっしゃったんですか?」
店員さんは、デカいリュックを背負ったあからさまな旅行客の私に尋ねた。
旅行で来てたまたま通りかかったんですと話すと、わざわざ立ち寄ってくださってありがとうございますと返された。
こういうとき、会話を自由自在に広げられるスキルがあればここに書ける内容も増えたのだが、微コミュ症の私にはできなかった。
お互い暑さに気を付けましょう、という無難なセリフで締めくくられた。
【本屋句読点】


駅に戻り、今晩の夕食、家族へのおみやげ、自分用のお土産(鉄道関連)を購入した。
リュックに入りきらなかったので、持ってきたエコバッグに入れた。
全部持って立っているにはなかなか重い荷物だった。
帰る準備万端になっても、時間は早かったので待つことになった。
幸い、出雲市駅には広めの待合室があり、座って待つことができた。
出発の30分前にホームに降りて、列車の入線を待つことにした。
行きの時はサンライズの入線シーンの撮影に失敗したので、そのリベンジをすることにした。
たまたまホームに居合わせた車掌さんにサンライズが入線してくる方向を確認したので、これでひと安心。
入線シーンは、問題なくギコっぽいぽいで配信することができた。

帰りの列車の個室は、ソロで予約していた。
シングルとソロの乗り比べをしたかったのだ。
ソロは二階建て構造で、一階のベッドと二階のベッドが斜めに隣り合っており、シングルを使うときよりも騒音にならないように気を付けて利用する必要があった。
ソロはシングルよりもベッドの幅がやや狭いが、身長の低い私は気にならなかった。
天井はソロの方が低い。
身長156cmの私は、シングルのベッドの上で真っすぐに立ちあがることができたが、ソロでは中腰になることしかできない。
むしろ立とうとすると危ないので、着替え等をする際は注意が必要である。

セブンイレブンで買った、ビビンバ丼と豚しゃぶサラダを食べながら、汁が出てくるものを食べるならランチョンマット必須だということに気付いた。
汁を垂らさないよう、慎重にゴミ袋に片付けた。
食べ終わると、例によって浴衣に着替えて、部屋の照明を消し、車窓を眺めた。これがこの旅の一番の醍醐味である。
私は元々、電車の車窓からぼ~~っと景色を眺めるのが好きだ。
サンライズに乗りながら、私は本格的に乗り鉄になってしまうかもしれない、と直感した。
その日も結局、深夜1時か2時くらいまで車窓を眺めていた。



7月8日
しっかり目が覚めたのは何時だったか覚えていないが、4時か5時くらいから、外を見て、横になってまどろんで、外を見て…ということを繰り返していた。
しっかりと目を覚ましたのは6時過ぎくらいだったかもしれない。
前日パン屋さんで買ったレーズンパンを朝食にした。美味しかった。
東京到着予定は、7時だ。
早めに着替えて、荷物をリュックにまとめた。

7時頃。東京駅に降り立ったが、私はすぐには移動せず、サンライズが車庫に戻って行く様子を撮影することにした。
鉄道系ユーチューバーもよく見送って撮影しているが、そうしたくなる気持ちが良く分かった。
目の前を通り過ぎて小さくなっていくサンライズ出雲・瀬戸を最後まで見送り、旅の終わりをしっかりと噛み締めたのだった。
​                                        PINTO.

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